ロンドン

大都会が土と繋がる。ロンドンのファーマーズマーケット
2012.3.25
ロンドンに着いた私たちが真っ先に向かったのはファーマーズマーケット。
生産者が直接マーケットに出店してお客さんに販売する、生産者と消費者がダイレクトに繋がる場所だ。
野菜や肉などの生鮮食品から、チーズ、パンといった加工品まで、一通り日常の食品が手に入る。
ここには、スーパーに並ぶ商品には無い何かを求めて、多くのロンドンっ子が訪れている。



驚くべきは、なんと月曜日から日曜日まで、毎日必ずロンドンのどこかで
ファーマーズマーケットが開かれているということ。
今回の滞在の間に幾つかのマーケットを訪れたが、どのマーケットもかなりの盛り上がりをみせていた。


数あるファーマーズマーケットの中でも、複数のマーケットを企画し、多くの来場者を集める
London Farmers' Market という団体に話を聞いた。

1999年に創始者のNina Planck 氏が、自分の赤ちゃんに本当に安心して食べさせることが出来る
食品を探すことから始まったそうだ。
子供に対する自然な愛情と生産者との信頼関係を徹底的に追求した結果が
ファーマーズマーケットという形に行き着いたという。

生産者の人柄や、こだわりまで知った上で選びたい、
エコロジーの視点からローカルフードにこだわりたい、
新鮮な食品を選びたい、身近にオーガニック野菜を買いたい、
そんな声に応えてLFMの活動はどんどん広がっていった。

草の根の活動が支持を受けて「私の近所でも開催して!」という各地の消費者に呼ばれるようになり、
開催地は年々増えて続けてきている。
今では毎週20件のマーケットを開催しているというから驚きだ。



開催するマーケットの数や規模が大きくなっても、安心感や公平性、安全を担保するために
客観的なルールと監視の仕組みを設けているのが優れたところ。

「産直販売は商品の安全基準や流通のチェックが無くて危険!」
という産直販売に否定的な意見を耳にした事があるが、LFMでは

・生産者当事者が販売して、代理販売などは禁止
・自治体の基準と検査に従って生産者として事業者登録されていること
・オーガニックとして販売する場合には認証や証明書を表示する
・100マイル圏内で生産されたローカルフードのみ販売可

などの独自の厳しいルールを設けた上で、ルールを徹底しない生産者に対しては出店を禁止する
などの措置をとり、安全性の確保そして監視に努めている。

このように、マーケットが品質を保証するしくみを通して消費者と生産者が歩み寄れる場になっていて、
厳しい目を持って訪れるお客さんも、生産者の作り手ならではのこだわりとプライドが詰まった熱っぽい説明に(?)
納得して、商品を買うことができる。



開催者のLFMも会場にカウンターを設け、ファーマーズマーケットの理念の説明や
アンケートを使った調査などを通して、訪問者とのコミュニケーションの充実を図っている。



こうした取り組みの結果として、
産直販売ならではの新鮮さ、価格、生産者の顔が見える安心感、という当初の目的と並び、
自分の意志で自分の支持する生産者に納得して支払うことができる、という嬉しさが生まれているのではないかと思える。

そしてここでは、生産者達も買い物客の喜ぶ顔を見ることができ、
自分のプロダクトに誇りを持って、活き活きと仕事しているように見えた。



消費者の大きな支持を得て、広がり続けて行くロンドンのファーマーズマーケット。
同時に、より主体的に選び意識的に選ぶようにと、訪れる人々の消費の志向を変えていっているように思える。
これは、ちょっとしたムーブメントになっているといっても良いんじゃないか、と思えるほど。

街はいつしか土の匂いを忘れ、農業や牧畜とは縁の遠い場所になっているけれども、
思えば土と離れれば離れるほど、ヒトは本能的に不安になるのではないかと思う。

ファーマーズマーケットのような取り組みが、再びヒトと土とを結びつけて行くのかもしれない。

ノマド畑が都市を変える。 人種の壁を越えるコミュニケーション空間@ベルリン
2012.2.15
1ヶ月過ごしたデンマークから南下し、次はドイツへ。
さすが環境先進国ドイツ。
ハンブルグを経てベルリンにて、面白いプロジェクトに出会った。

その名も「Prinzessinnen garten」。
地下鉄Moritzplatz駅のすぐ目の前の空き地に、
冬でも緑豊かなスペースが広がっている。



このプロジェクトは
・街の空き地を、緑豊かな空間に変えよう
・さらに有機野菜をつくることで、都市でのサスティナブルな生き方を目指そう
というもので、都市内にある空き地を利用して
コンテナや布袋などを植木鉢にしてオーガニック野菜を育てている。

ノマド畑(Nomadic Green)と名付けられたこのあたらしい畑は、
いつでもどこにでも移動出来ること(mobility)が最大の特徴。

日当りや風向きに併せて作物の配置を変えたり、他の街で展示したり。

たとえ空き地の土地代が上がったり建設事業が始まって退去を迫られたとしても、
このモビリティが非常に役に立つ。



驚くことに、このプロジェクトの立ち上げ人たちは農業素人。
しかもオーガニック農業ということで、どうやったらノマド畑に
有機野菜が実るのか、日々試行錯誤の連続。

農作業を手伝うと、その安心野菜を購入することができる
というシステムを設け、街の人々を巻き込んだ彼ら。
共に学び、共にアイディアを出し合いながら
プロジェクトを進めていくなかで、思わぬ相乗効果があったという。

それは、移民と旧住人とのコミュニケーション構築。

ドイツは比較的寛容な移民政策の結果、移民と旧来の住民の間で摩擦が少なくない。
特にベルリンは移民が多く、言語や人種や文化等の違いが壁になるケースも。

しかしここには、「なんだか面白そう」「安心な野菜を買うことができるなら」
と移民・旧住人関係なく人が集まってくる。

カフェスペースもあるこの場所が
人々にとって垣根なく自然な形で集える空間となり、
さらに共に農作業をすることで、様々な壁を超えた
豊かなコミュニケーションが生まれるようになったのだ。



ここには、言葉や出身地、性別、文化など関係のない
人々のつながりが存在している。

そしてたくさんの人々がこのノマド畑プロジェクトに参加し、
規模が拡大していくなかで、地域の多様な雇用創出にもつながっている。
私たちが視察に訪れた際、スタッフを代表して
インタビューに答えてくれたのは、障害をもった方だった。

ここでは、みんなが土に触れながら、
たくましい食物の成長を見守りながら、いきいきと活動している。

そして、それによって街全体が活気付けられているようにも感じた。

空き地と廃材を利用したコンテナケースから生まれたオーガニックなノマド畑。
それらがもたらした恩恵は、ベルリンの街のみならず、
多くの街でも生かせるに違いない。


デンマーク

コンセンサスがつくる新しい自治のカタチ。 デンマークのエコビレッジ『スヴァンホルム』
2012.1.5


ロスキレからバスを乗り継ぎ向かったのはエコビレッジ、スヴァンホルム。
何を隠そう今回の旅で一番期待していたのがこのスヴァンホルムでの一ヶ月の滞在!
オーガニック農業と運営の仕組みを学びながら農業を手伝うという生活が始まった。


スヴァンホルムは、シェアハウスのような共同生活をベースにして、
可能な限り環境に負荷を与えないecologicalな生活、そして
全ての住人が等しく尊重される社会作りを共通のゴールとする人々が作った集落だ。

私たちが生み出せる未来への価値以上に資源を使い果たしてしまうこと、
土壌を破壊してしまうことは、確実に未来の世代への負の遺産となる。
この現状に真剣に取組み、生活スタイルそのものを見直し続けている。

そしてスヴァンホルムは、120名ものメンバーが暮らす大きなエコビレッジだが、
ここには代表者のような統率をする役職も、権力者もいない。
共同体の意思決定に関して全員が同じだけの発言権を持っている超フラットな社会。
なんと投票すらしない!
効率悪いと言われそうだが、皆が納得するコンセンサスにたどり着くまで徹底的に話し合うのが大原則。



考えの異なる自由で主体的な一人一人の住民が、協力し合って、
ecological に sustainable に生きて行けるということを外部の社会に示す。
これが彼らの目指すところだ。



代表者という訳ではないけどスヴァンホルムの立ち上げ時からのメンバーのボー氏。
創設当時の様子や変遷を伺う。

ベトナム戦争、冷戦時代に青春時代を過ごしたボーさん。
誰かが誰かの言いなりにならなきゃならない社会に問題意識を持ち、
国や既存の制度にばかり任せておけない、と、
夢を同じくする仲間とともに、収入も負担も分かち合い、農業を中心とした
自分以外の誰かに従う必要の無い、自治的な新しいライフスタイルを作ることに決めた。


農業の素人だった設立当時。
土地を取得するための農業管理者の資格をあわてて取って、
高金利にもめげずに共同のローンで広大な土地を買った。



当初はオーガニック農業、という発想すら頭に無かったそうだ。
農業をベースにサステイナブルば共同体を組み立てていこうと決めたとき、
当然のように土壌を痛めない(負の遺産を残さない)農業を選択した。
それがいわゆるオーガニック農業だった、くらいの肩肘張らない感じがボーさんらしい。笑
それから30年以上にわたってスヴァンホルムはデンマークのオーガニック農業のパイオニアだ。



協力し合ってより良い生活を創るという考えに対して、よりプライベートな豊かさを求める
考え方が強くなった時期も経て、常にプライベートと、シェアのバランスを取りながら共同体は
成長して来た。



彼らが村作りをする上で変わることの無い、もう一つの考え方のベースは、"selvforvaltning"。
意思決定に際して、各々が自己決定できる幅を最大限に持っていることで、社会や、結果に対して
責任感が持てることを重要視する考え方だ。
(無理を承知で意訳するなら自己決定化とか当事者化といった所か。)

共同体レベルの意思決定でも個人レベルの決断でもこの自己裁量の最大化がミソだ。
自己決定があって初めて、組織にも、人生にも主体的に取り組むことが出来る。
自分以外の誰からも支配されないことが彼らの人生を豊かにしている。

彼らが、自分の人生の決断を自分でグリップしているという感覚を大切にしているということに他ならない。



きっとここの人々は、年老いたときに「俺の人生なんだったんだろうか?」とか、
もう一度人生やり直したい、なんてきっと思わないはずだ。
誰かに従って生きているのではない、自分自身の人生を生きているという誇りが感じられる。

私たちもスヴァンホルムで生活していて誰かに命令されることが一つもない。
マニュアルや、時には命令されることに慣れている私たち(苦笑)は、
当初、オーガナイズされてないように感じて物足りないというか、戸惑ってしまったほどだ。
もちろん、ゲストワーカーとして指示された仕事を手伝うのだけど、決して強制される
ことはない。選択肢がある場合には自ら選ぶことが求められる。

農業チームでお世話になったマーさん。
農業はいつも忙しくて仕方が無い。だけど、
「私は、世界で一番良い仕事についていることを誇りに思うわ。」
と何の迷いも無く、事も無げに話してくれた。



間接民主主義の政治では実現出来ない、自治的な社会を自分たちの力で作りだそうという試み。
スヴァンホルムの特徴は、国や、既存の社会との対決ではなく、融合によって目指す点だ。
法律や制度的な制限や、金銭的な制限を一つ一つ乗り越えながら、より良い社会を後世に残そうと前進している。

同時に、革新的な試みを支えるプラットフォームとしても機能している。
オーガニック農業も、エネルギー自給も、プロジェクトとして始り、
そんな理想を現実にするチャレンジを皆が支えて行く。

「革新が無くなったら?ここから去っていくだけさ。」
とボーさん。
新しい社会を作るワクワク感、理想を形にするエキサイティングな生き方に目を輝かせている。



「新しく入った人にこそ、自分が共同体の共同所有者として、
村の主として、(昔からの人に遠慮せずに)振る舞ってほしい。」
と、最古参が言う。
ここでは権威は何も解決しない。誰もが主体的に決断をして行くことが求めらる。
言うなれば起業家根性と主体性だ。

日本にいた頃、何事も成り行き任せで、組織の中で遠慮してしまったり、
或は保身にばかり気を取られてはいなかっただろうか、
と自問させられる。

自分自身の自己決定、他人の自己決定を尊重する、こんな共同体、家族、ビジネスのあり方。
そして他人との関係性の作り方。

また一つマナビを胸に、デンマークの故郷を後にしたのでした。

デンマーク コペンハーゲン

手探りで探す”将来の自分”! デンマークのプロダクションスクール
2011.12.11


ストックホルムからコペンハーゲンまで夜行バスに揺られること9時間。
目が覚めたら電車の乗り換え時間ギリギリ!
「デンマークに面白い学校がある。」と聞いて、父親の取材に便乗するため
とりあえず右も左も分からないまま急いで駅のホームに直行!

しかしデンマークの教育の充実っぷりは本当にスゴイ。
学校は基本的に無料。小学校から大学まで望みさえすればだれもが教育にアクセスできる。
今回訪れたのはプロダクションスクール(邦訳:生産学校)。

土木建築、木工、Webデザイン、オフィスワーク、音楽 etc…様々なジャンルの職業から自ら選択して
職業訓練として技術を学びながら、政府の雇用として実際に仕事に参加して給料を受け取ることが出来る仕組み。

決して高い給料では無いけど、社会保障制度の充実しているデンマークで自立して生活するには充分な金額。
それぞれの仕事を実際に現場で経験しながら、自分の可能性を探り、学ぶことができる。
いわば現代の弟子入り修行。



中には伝統的な技法を使って木造船まで作ってしまうプロジェクトまで!



この学校で生徒一人一人の成長に全身全霊の情熱を傾けるミューラー校長は、
生徒が自分自身の可能性を自覚出来る環境と、それをのばす機会を提供することこそが教育だという。

ここで学ぶ生徒には、普通の学校の型にはまった教育になじめなかった生徒や、
高校は出たけど何をしていいかわからない生徒が多い。

しかしここでは自らの意思で、学ぶ仕事を納得いくまで何度も変えることができる。
学校で良い成績を取って、大学で学位を取って、高給取りのサラリーマン!という成功だけでなく、
シェフになりたい、デザイナーになりたいという夢に堂々とチャレンジできる。



「一辺倒な教育をして、才能が芽を出すのを待っているだけではダメ。
 子供達の可能性を、社会が積極的に探しに行かなければいけない。」



ミューラー校長の言葉に熱がこもる。
生徒一人一人が輝ける”何か”を生徒と一緒になって探り、辛抱強く機会を与え続けるのは
気の遠くなるほどのエネルギーが必要な、手探りの作業だ。
しかしこれを繰り返すことで、生徒達の心の中でもやに包まれていた未来が徐々に形になっていく。

ここで保育を学んだ生徒が、将来保育園を開くという夢が出来た、と語ってくれた。

「グローバル化が進む中で、デンマークの若者にも世界の労働市場でも活躍出来る競争力が必要。
 そこでは創造性こそがキーになる。だからこそ我々は若い才能を最大限に活かす必要があるんだ。」
とミューラー校長。



社会で生き残るには競争力が必要。しかしそれは子供達をふるいにかけて、
既存の社会の『良く出来る子』の枠にはめることじゃない。

子供達の特性は色々あるのに、教育制度には自分のカラーに出会うチャンスがすくない。
ミューラー校長の追求する教育の姿はまさにdiversity of education。
個々の潜在能力に出会い引き出せるように、教育の多様性そしてキャパシティを拡げている。

チャレンジする前に諦めてしまうという”大人びた対応”はしない生徒達は
皆どこか活き活きとしているように見える。



「君たちには無限の未来がある」
なんてただの言葉遊びではなく、
誰一人置き去りにする事なく、

生徒と一緒になって悩み、”自分探し”を続ける教育の形。



生徒達と、新たな教育の挑戦は今日も続いている。


ストックホルム

買うものを変えれば未来も変わる。 エコ先進国・スウェーデン ストックホルムのお買い物事情。
2011.11.15
ネパールから一旦バンコクへ戻り、「極寒の冬がくる前に・・・」
と一気にヨーロッパへとひとっ飛び!
約11時間のフライトを経て、世界一周3カ国目・スウェーデンへ。



エコ先進国と言われるスウェーデン。
首都ストックホルムでの市場をチェックしに、
早速大好きなスーパーマーケット調査へ。

たまたま入ったスーパーには、早速「organic」「eco」
「KRAV(スウェーデンのオーガニック認証マーク)」の文字がわんさか。
食品から日用品など、様々なものがエココンシャスで揃っています。



野菜や果物をはじめ、牛乳やお肉などはもちろんオーガニック。
洗剤は日本でもよく見るけど、なるほど、おむつやペットフードもナチュラル志向とは・・・!



ストックホルム市内で最も多くの店舗を有しているスーパーが
このエコロジー志向のスーパーだというから、その意識の高さに驚き。

値段もものによるけれど、通常の商品と比べても1.1〜1.8倍くらいの価格で
展開されているから、「どうせ同じくらいの金額なら・・・」と
ちょっと背伸びするだけで手が届くのも素敵。

暮らしに必要なものを、全て気軽に、お手頃にエココンシャスなものだけで
まかなうことができる。
なんて羨ましい生活なんだろうと、何度もため息が出てしまった。

スウェーデンのすごいところは、普通の人々が
「環境・社会にとって良い商品をサポートしたい」と意識していること。

例えば食品を買う際、オーガニック食品を
「自分たちの健康のために」選ぶのではなく
「地球環境にいいから」という理由で選んでいる。



幼稚園の頃から環境教育を受けてきている彼らの強い意識が
オーガニックやエコ市場を根強く支えているのだ。

日本ではまだまだオーガニック食品や環境に優しい製品などが
簡単に手に入りにくかったり高かったりするけれど、
消費者が自分の出来る範囲から消費行動を変えていけば、
マーケットもどんどん変わっていくはず。

自分の好きなチョコを、彼女に振舞う得意のパスタ料理を
まずはオーガニックにしてみるとか。
(いつもより美味しくて、ちょっと特別な気分になること間違いなし)


そうやって、日本でも入りやすいところから行動を変えていくことで、
スウェーデンみたいな
「当たり前にエココンシャスなものが転がってる生活」
が実現されるといいなー。

そう心から思ったのでした。


ネパール

山のてっぺん!未来を見つめる村「パトリ」
2011.10.19
サスティナブルな世の中を目指して。小さな村の大きな変革

タイから移動し、2カ国目ネパールへ。



知人のネパール人から

「山のほうに、農薬を使わないオーガニックな農法で

自給自足してる村があるよ」

と紹介され、「おもしろそう!」と訪問してみることに。



それがまさか、こんな過酷な旅になろうとは・・・。


「まずはバスで山の麓まで」と教えられたが、

待っていたのは普通の10人乗りのハイエース。



既に10人の人が乗っていたけれど、「まあアジアだとこうなるよね」

と乗り込んだところ、どんどん人が増えに増え、

気づいたら奇跡の30人に到達!


全く身動きのとれない状態で山道を3時間、

その後照りつける太陽のもとを、4時間の山歩き。


入社してから基本的にずっとデスクワークで近年運動不足だったわたしにとっては、

途中幻覚が見えそうになるくらい、過酷な道のりだった・・・。


でも、気づいたら雲の上。

壮大な美しい景色のなかに、素晴らしい出会いが待っていた。


約120戸の家が並ぶ、山の上の村『パトリ』。
温かな歓迎を受け村のなかへと進んでいくと、鶏や牛、羊など様々な動物とすれ違った。


5年前、農薬を使用しての農業からオーガニック農業に切り替えることに成功したこの村。

野菜やお米、卵やお肉など、ほとんど自給自足で成り立っている。


今や多くの村に農薬が持ち込まれ、土が死に、水が汚染され、

人々の健康も危ぶまれているネパール。



それでも農薬の利便性や収穫量減少の恐れなどから

なかなか農薬の使用をやめられずにいるのが恒常化しているなかで、

非常に珍しい村だといえる。



ではなぜ、それが成し遂げられたのか。

そこには地元ダディン地区の環境開発NGOによる協力も多いにあったが、

みんなを引っ張る村の若きリーダー、セルバードル氏の熱い想いがあった。



“今ある自然は自分たちのためだけのものではなくて、 

あとの世代にしっかりきれいな状態で引き継いでいかなければならない。”



自分たちの村の環境問題はもちろん、地球環境問題についても危惧し、

まずは自分たちのできることからと、村人を牽引してきた彼。



昔、村でなかなか農作物が思うようにできなかった折に、

「魔法の薬」のように外から持ち込まれてしまった、数々の農薬や化学肥料。



確かに農薬や化学肥料を使い始めてから収穫量は一時的に伸びたという。

しかし使い続けることで、自分達の村の自然環境と人々の健康に

何か起きてしまうのではないと人々は危惧した。



そこでまずは村人のなかの数人が勇気を出し、農薬の魅力にとらわれながらも

徐々に農薬をやめ、オーガニック農業に切り替えていったという。



「また農作物が出来なかった頃の収穫量に戻ってしまうかも」

という恐れと戦いながらの、大きな決断だった。



そしてtry and errorを繰り返しながらも、今やその農法は村全体に広がっているというから素晴らしい。


農業のオーガニック化をはじめ、環境を保全できるような村の産業をと

新たにエコツーリズムにも着手しているパトリ。



ネパールの山のてっぺんで、経済的には決して余裕がある訳ではないけれど、

それでも未来の世代のために、今後の地球環境のためにとまっすぐ問題と向き合い、

リスクを背負いながらも行動にうつし、美しい自然と共に生きている人々がいる。



そのことが、深く心につきささった。



今、私達も、真剣に地球環境問題に対し向き合う義務がある。

日々の生活に流されるのではなく、自分達の出来ることから行動にうつす責任がある。

改めて強く思った。



ホームステイをしながらゆっくり過ごした2日間。

時間がゆっくり流れる静かで穏やかな村。

でもそこに熱く優しくみなぎる人々のパワー、未来への期待感。



パトリのこれから、ネパールのこれからがとても楽しみだ。

タイ チェンマイ

タイ初!organic cotton Businessの幕開け
2010.10.6
日本人女性による、新しいマーケットへの挑戦

タイもバンコクから北部のチェンマイに移動。

田園地帯が広がる田舎かと思いきや、大間違い。

バンコクよりはもちろん時間ものんびり、人もおっとりしてるけれど、

おしゃれなお店も多い、それなりの地方都市だった。




そこで、素敵な日本人女性の起業家と出会った。



チェンマイで栽培された100%天然のオーガニックコットンを使用し、

職人の手仕事によってひとつひとつ、寝具、タオル、布ナプキン、パジャマ、ルームウェアなどを

生産されている『プラネッタ・オーガニカ』の嶋田美由紀さん。



10年前、当時知り合った衣料関係の仕事をしている社長の提案で、

チェンマイにて起業するチャンスをもらった嶋田さんは、

ひとり修行にと訪れた村で運命的な出会いを果たした。


それは驚くほどの様々な草木の色をもつ、手織り生地。



その心地よさに惹かれ、もっとより良いものをつくりたいと思った時、

『素材の良さ=オーガニック』に行き着いたという。



その日から嶋田さんは、一気に10年間のプランを描き挙げた。

「この布の気持ちよさを日本、世界の人に知ってもらいたい。紹介したい。」

そのためにまず最初の1年は何から始めるのか、そして10年後どうなっていたいのか。
今や嶋田さんは、その夢の全てを叶えたというから、本当にかっこいい。

『プラネッタ・オーガニカ』のコットンは、農薬、化学肥料、殺虫剤などを一切使用せず、色づけも草木染め。

しかも機械で織らず全て手織りのため、生産過程でも一切化学薬品は使用しないという。



そしてタイではまだオーガニックコットン企業は『プラネッタ・オーガニカ』のみ。

きっとこれからタイでも流行ってくるであろうオーガニックコットンビジネス、そのパイオニアが嶋田さんなのだ。

これは生半可な気持ちでは成し得ない、本当に難しいことだ。

でも本当にいいものだと思うから、自分が信じられるものだから

どんな困難があっても乗り越えていける強さがあるんだと思う。



わたしたちも、自分たちが信じる道を強く歩んでいきたい。

10年後自分たちはどうありたいのか、改めて考えるいいきっかけとなった。



チェンマイでの素敵な出会いに、心から感謝。



HP:http://www.planeta-organica.com/

(現在オンラインショップは準備中ですが、商品について興味があれば ぜひinfo@宛に連絡を)

タイ バンコク

オーガニック農業がメコンを救う!
2010.9.16
日本人起業家のタイの「水を変える」環境ビジネス

大学のサークルで出会ったふたりが結婚。そして共に会社に辞表を提出。

ふたりとも今年で26歳。

自分達の生き方を変えるため、次なるビジネスを探すため(?)、

「職なし・家なし・お金なし」を省みず思い切って世界に飛び出たわたしたちがまず訪れた国、タイ。



●Harmony Life International Co.,Ltd

そこで、タイはもちろん、アジアの環境問題解決のために奔走する

素敵な日本人男性と出会った。

そのキーワードは「オーガニック」。

(一般的にオーガニックとは、有機栽培の意味で、化学合成農薬や化学肥料に頼らず、有機肥料などで土壌の持つ力を活かして栽培する農法のことを言う)



農薬や化学肥料のせいで土は死に、水は汚れ、そしてわたしたちは汚染された食べ物を食べることになる。(普段の私たちの生活からはちょっと想像しにくいかもしれないけれど)



そんな農薬の過剰使用が取沙汰されるタイにおいて、国際的な厳しいオーガニックを認証を受けたオーガニック農場と、農産物を加工したプロダクトを展開している「Harmony Life International Co.,Ltd.」を経営しているのが、大賀昌さんだ。


農場で原材料の生産から始まり、自社製品の企画、製造、流通、販売までのすべてを行っている大賀氏。


これに止まらず、オーガニック農業を広めるため農業研修、オーガニック転換農家の

プロダクト化支援とマーケティング支援.etc 広範な活動を行っている。

●「まずは水を変える必要がある」 オーガニック農業の始まり。

タイ王国自慢のメコン川をはじめ、タイの水質悪化はとてつもなく酷い。

バンコクで橋の上を歩けば、直ぐに息を止めたくなるほどだ。

工業化と経済発展につれて環境汚染甚だしいタイにおいて生活廃水、工業廃水と並ぶ

水質汚染の原因は残留農薬や殺虫剤を含む農業廃水。



タイの環境汚染を止めるには、まず水を変える必要がある。

その解決策のひとつがオーガニック農法におる農業だという確信の元

Harmony Life 社を創業した代表の大賀氏。当時、43歳。

家庭用医療器具製造販売の企業のタイ現地法人で社長を努めており、家族もいる中での大きな決断だった。



創業当時はこの新たな分野での経験も知識も十分な資金も無かったそうだ。

それでも起業する原動力となったものは地球にとって、人にとって良いプロダクトで勝負したいという目的意識。

「私はお金が無いから出来ないという考え方はしないんです。」

目の前の問題への場当たりな解決方法ではなく、長い目でみてきっと正しいと信じた方法に、

たとえ困難でも徹底的にやり抜く覚悟を持って取り組んで行くのが大賀流。

多くの人々が自分のやろうとしていることを応援してくれているから、見守っていてくれるから、

モチベーションもキープしてこれたという。



汚染原因となる農薬等の科学薬品を利用しないオーガニック農業を広める事に尽力し、

文字通り東奔西走している。



●TRY&ERRORを重ねた独自の農法

Harmony Life 農場では農薬や殺虫剤、化学肥料といった化学薬品を一切使用しない。

更に近隣農家や家庭の廃水による汚染を避けるため、農業用水は地下150mから

汲み上げた清浄な伏流水を利用している。

それでも薬品を使う農法よりも健康で味のしっかりした野菜が育つのは

有用微生物によって高められた『土の力』だというから驚き。



現在は年間約400名もの人々がこの農場を訪れてHarmony Life 農場の様々なノウハウ等を学ぶ。

オーガニック普及の担い手を増やすため、この場所を研修農場、オーガニック農業の学び舎に

することも大きな目的も大きな目的となっている。

●農家を救う、プロダクト化の重要性

生鮮野菜はライフサイクルが1週間、長くても2週間という非常に短期間で勝負しなければならない商品。

多くの野菜農家の収入安定が難しいのはこのためだ。



Harmony Life 農場では育てた「モロヘイヤ」等の作物を原料に、加工食品、食品材料、

化粧品等々への製品化を、農場内で一貫して行っている。

(そのひとつ、モロヘイヤ麺がむちゃくちゃ美味しい!)

生の野菜だけではなく、一部は保存の利く加工品にすることで広く流通が可能となり、

また付加価値が増して収入の安定につながっている。



だが、それぞれの農家が商品開発やマーケティングに時間を費やす事は難しいのが実情だ。

そこで同社では新たにオーガニック農業に転換した農家に対して自社の経験を基にプロダクト化

およびマーケティングの支援を徹底的に行っている。



「オーガニック農業を始めたら儲からなくなった、収入が減った

(=タイの貧困農家にとっては即生活崩壊を意味する)なんて事には絶対できない。」

と大賀氏の言葉に力が入る。



●試行錯誤の末たどり着いた独自の農場経営

とはいえオーガニック農業は決して楽してたくさん儲かるようなものではない。

大賀氏自身、現在の農法と農場経営スタイルにたどり着くまでには、長い研究と試行錯誤との繰り返し、

そしてマーケティングが軌道に乗るまでの大変な苦労があった。

研修に訪れる農家にも「決して楽に、すぐに結果が出るものではない。」と必ず念を押す。



「私は、調べた事は何でも試してみるんですよ。」

と、大賀氏は何か既存の特定の農業理論に頼るのではなく、様々な農業手法や微生物の研究を

学んでは実際に試し、取り入れてきたのが良かったのだと振り返る。

ものごとを進めるには理論が必要。だけど実際は理論通りになんて絶対に事は進まない。

何度失敗しても決して希望と好奇心を捨てずに次のトライを繰り返す。

そんな大賀氏の姿に、成功とは積み上げるものだという事を教わったように思う。



●アジアに広がる”オーガニック農業”の輪

その後、微生物の力を活用した農業スタイルと、農産物を一部プロダクト化することで収入を安定させる

農場経営ノウハウに注目が集まり、カンボジア政府のオーガニック試験農場設立プロジェクトや

インド北部6州のオーガニックランド化計画の支援、今では各国から農場経営のコンサルティング依頼も

入るようになったという大賀氏。



日本でも佐賀県でレモングラス農場の設立と製品化支援を行った。

更には微生物を活用した工業廃水の浄化も事業化しておりタイに工場を持つ

日本の大手自動車メーカーの依頼等も受けている。





環境問題は地球全体で取り組む必要がある課題。

今後Harmony Life としても更に国際的に連携してこの課題に取り組む仲間を増やしていきたい

という。

早速オーガニック専門のイタリアの製麺工場との出会いから更にオーガニックモロヘイヤビジネスを

展開する計画など大賀氏のチャレンジは止まるところを知らない。

(大賀氏がバンコク市内にて経営するオーガニックショップ『SUSTENA』にて。

 2階で同じく経営するレストランのオーガニック和食、絶対行くべし!超絶品!!)

HP:http://www.harmonylife.co.th/

【現在の場所】
キューバ(3.25現在)
タイ初!organic cotton Businessの幕開け
【2010.10.6  タイ チェンマイ
オーガニック農業がメコンを救う!
【2010.9.16  タイ バンコク